a78aab5c.jpg
38303f6c.jpg
ウラジオストクの歴史家の案内で、世界最初の国際柔道大会の場を訪れた。港にある帝政ロシア時代の洋館が保存されており、中がホールになっている。1917年7月にここで柔道大会が行われたのが世界最初の国際大会ということになるそうだ。

日本側を私の祖父の苫米地英俊が代表として率いていたということだ。洋館の二階には、柔道創始者の加納治五郎先生と合わせて、祖父の写真が飾ってあったのには驚いた。父も知らなかったそうだ。祖父は加納治五郎先生の直弟子で、加納塾の塾長でもあった。

祖父は北海道で教鞭を取っていたので、たまにロシアに渡り、ロシアの軍人に柔道を教えていたことは聞いていたが、ウラジオストクに総領事館ができた1916年の翌年には既に国際柔道大会を開いていたとはすごいことだ。ロシアと日本の友好を当時から考えていた祖父らしい。ロシアでは祖父が柔道の父の一人とされているということだ

1917年7月と言えば、3月に二月革命、ボリシェヴィキが十月革命で権力を奪取したロシア革命記念日が11月7日と、まさにロシア革命の年である。すごい年に行ったものだと思う。それから、列強干渉戦争、ロシア内戦と続き、ボリシェヴィキは1919年に「共産党」と改称することになる。歴史が動いた年だ。ウラジオストク地域には7月の段階ではまだ革命は広がっていなかったのかも知れない。その後、長い共産主義の時代がロシアでは続く。祖父が父にも、ウラジオストク訪問の話をその後語っていなかったのは、日本も、その後軍国主義化し、太平洋戦争後は鉄のカーテンと言われた時代が長く続いた。その時代に祖父は亡くなったからだろう。孫の私が100年近く経って訪れることを想像したのだろうか。2017には、私もここで、日露の教え子達と、国際親善試合を開催したいと思う。