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『世界金融危機について』

 苫米地英人
Vers1.2 2008.12.05 Vers1.0 2008.12.04 


『世界金融危機』(金子勝、アンドリュー・デウィット著、岩波書店刊)という小雑誌形式の書籍を読みました。10月7日出版で私が昨日大阪で購入したものは11月20日付で第9刷ですから、売れているのだと思います。世界で起きている金融危機を日本の国民並びに日本の政権は正当に理解していないようで、まさにタイムリーな出版でしょう。特にヨーロッパでのスワップを中心とするデリバティブ市場がこの1か月で事実上崩壊しており、今月中に日本に飛び火することが容易に予想できる中、まさに重要な一冊と高く評価できます。ただ、同書のCDSの分析を読んだところ、金子教授らが思っている以上にCDS市場は深刻であることを早急に指摘しておく必要があると感じました。CDSを仕掛けた米国商業銀行と米国投資銀行の仕掛け人達は金子先生が本書で説明する姿以上に遥かに「ワル」だということです。

『世界金融危機』の32ページには、CDSの説明は以下のようになっています。

「こうした状況のもとで、企業倒産のリスクを回避するために、信用デリバティブ市場が急速に拡大している。その一つであるCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の仕組みを簡単に押さえておこう。
 たとえば、A銀行がB企業に対してLIBORに0.5%の金利を上乗せして20億円の融資をしたとする。貸し倒れのリスクを避けるために、A銀行はC銀行と貸付金を保証する契約を結ぶ。A銀行はLIBORに0.3%の保証料を乗せてC銀行に支払い、C銀行は、A銀行にLIBORを支払う。C銀行はもしB企業が倒産しなければ、0.3%の保証料を得ることになる。もしB企業が倒産すれば、C銀行は保証料を得るだけで、A銀行に貸付元本の20億円を支払わなければならない。つまり、信用デリバティブとは経営破綻などで債務が返済されない可能性に備え、別の金融機関に保証料を払ってリスクを引き受けてもらう取引をさしている。米国の保険最大手AIGは、この場合のC銀行にあたるポジションにいて大量のCDSを発行していた。」

とあります。まさにそのまま講義で使えるような教科書通りの説明です。ただ、これは、投資銀行家やヘッジファンドたちが、テレビや雑誌のインタビューで答える表向きの説明で、実際にはCDSはもっと悪質な利用をされています。


まずは、この教科書通りの図式を書いてみましょう。

CDSfig1CDSの仕組みはこのようになります。B企業にLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)+0.5%の年利で20億円貸し付けた場合、A銀行は年間LIBOR+0.3%の保証料を払ってC銀行からCDSを買います。これで、B企業の倒産リスクはA銀行からC銀行に移ります。この利点は、A銀行にとっては、貸し倒れリスクがなくなりますから、B/S上BISバーゼルIIの対象外となります。C銀行にとっては、LIBORで金融市場にて資金を調達し、LIBOR+0.3%でB企業に資金を融資したと同じ効果があります。つまりスプレッド0.3%が稼げます。また、C銀行にとっては、これはオフバランス(簿外)ですから、B/S上はバーゼルI、バーゼルII両方とも対象外であり、BIS逃れができます。但し、P/Lには反映されますから、こちらでは現在のバーゼルII運用では規制がかかります。借手のB企業にとっては、A銀行がBIS枠により融資を渋るという問題がなくなります。まさに、ウィン、ウィン、ウィンの関係に見えます。 また、C銀行は、準備預金制度による銀行(商業銀行)である必要がなく、投資銀行でもヘッジファンドでもなれます。これが、金子教授自らが言う「影の銀行システム」です。現在ではこの元本規模がCDSだけで6000兆円といわれ、米国のGDPの数倍レベル、まさに表の銀行システムをしのぐ規模にあっと言う間に成長しました。

ところで、上の図式では、金子教授の説明に従い、LIBORを使いましたが、実際のCDSの取引ではLIBORは利用されていません。CDS約定は、リスクフリーレート(無リスク資産利回り)+スプレッドとなります。LIBORもリスクフリーレートのひとつですが、アメリカの銀行が仕掛け、拡大してきた市場ですから、リスクフリーレートはトレジャリーレート(10年物米国債利回り)が使われます。これは実質0%です。どちらにしても、リスクフリーレートは、A銀行とC銀行の間で相殺されてキャッシュの流れは、A銀行からC銀行に対するスプレッドのみになります。ですから実際の図は、以下のようになります。

CDSfig2




また、CDSの売り手は、自身のリスクを更に分散させるために別な売り手からCDSを購入しますので、以下のようなチェインとなります。

fig

 CDS市場が一気に拡大した最大の理由は、上記に述べたようにBISの規制を逃れながら、どんどんリスクを分散していけるということです。もちろん、この一回CDSを発行するごとにスプレッドが稼げますから、ひとつの貸付金債権をベースに何回もスプレッドが稼げます。これが、CDSによるBIS規制の外側でマネーサプライを増大のカラクリです。現在は、バーゼルIIの厳しい運用でP/Lの開示が求められているので、P/Lを誤魔化したり、格付けを誤魔化さない限りは無限の増大は不可能となりましたが、AAAの格付けがあればリスク資産として資本金の毀損は心配しなくてもいいので、AAA銀行どうしのやりとりでは事実上のBIS逃れが可能となります。ただ、それだけで、短期的にこんなに成長したのでしょうか?  実際のカラクリはもっと別なところにあります。