20歳代女性を監禁、大阪・茨木の無職男を逮捕へ

 

「ご主人様」女性監禁5カ月の男逮捕

 

24歳の女性が、5ヶ月間にわたって皮ベルトで縛られたり、ナイフを突きつけられて2DKのマンションの一室に監禁されていたという事件だ。ここで最初に生まれる疑問が、5ヶ月間、窓から大声で助けを呼んだり、まったく逃げることができない状況だったのだろうかということだ。場所も人通りの多い商店街のマンションであり、逃げる機会がまったくなかったとは推測しずらい。実際、『男は7月15日「女性の体調が思わしくない」と消防に通報。女性は保護された際、事情聴取に対し、男を「ご主人さま、だんなさま」などと呼び、かばうような言動を繰り返していた。』と報道されているように、男が自分で通報しなければ、監禁状態は続いていたはずであり、また、「かばうような言動」はストックホルム症候群を示唆する。

 

新刊の「脳と心の洗い方」で書いたように、誘拐された被害者が犯人に敵意を失う、もしくは、状況によっては好意を抱くようになってしまう現象をストックホルム症候群と呼んでいる。これは被害者と犯人が一緒にいる時間が長い、立てこもりや監禁を伴う場合に起こる得る。1973年にストックホルムの銀行を強盗団が襲い、1週間立てこもった結果、解放された人質が犯人をかばったり、警察を侮辱する発言をするようになった事件からこう呼ばれている。特にこの事件では、人質の一人が犯人グループの一人とその後結婚までしている。ストックホルム症候群が起きるには以下の要因が前提となると考えられる。

 

                        1.死の危険性を感じる程の強い恐怖体験

      2.トランスと呼ばれる程度に強度な変性意識状態

      3.犯人そのものには強い恐怖心を抱かない状況

      4.最低でも1週間以上の長期間の接触

 

 因みに「脳と心の洗い方」でも説明しているように、強い恐怖心を感じることそのものが、トランス状態であるので、わざわざ2の変性意識状態の生成が別途行われなくても、ストックホルム症候群が起き得るが、薬物や催眠などが、トランスの強化要因となっている場合もある。また、1と3は相反する条件であるが、例えば、1974年の新聞王の娘、パトリシア・ハースト誘拐事件の例のように、政治的信念による誘拐ということで、死の危険のある誘拐でありながら、犯人そのものには恐怖心を抱かなかったと考えられる状況などで、1と3が両立すると考えられる。

 

今回の茨木市の監禁事件を分析してみると、まず、アイロンの火傷痕が腹部にあったり、ナイフを突きつけての脅しがあったりで、全身に多数の傷があったということで、1は満たされている。また、大量の薬物を使用されていたということで、2も強度であった可能性がある。5ヶ月間に渡る監禁ということで4も満たされている。そこで、問題となるのが、3の「犯人そのものには強い恐怖心を抱かない状況」であったかどうかであるが、これについては、A.暴行は5ヶ月間に段々にエスカレートしていったのではないか? B.責任転嫁の論理を受け入れる状況であったのではないか? という可能性も考えられる。当初は交際していたということであり、さらに薬物などの影響で強いトランスが生成され、その結果として強いラポール(親近感)が形成されたとすると、最初は性癖としての行為程度で受け入れられ、その後、段々と暴力などがエスカレートしていった場合、「逃げれば殺されるかもしれない」という逃げるという行為自体には強烈な恐怖心があっても、犯人がいる状況では、逆に自分は安全であるという、逆説的な心理状況に追い込まれ、これによりストックホルム症候群が生成された可能性がある。これは、部屋から出るという行為自体に強い恐怖心が生成されていながら、逆に男がいる状況では恐怖心が消えるという心理状況である。カルト洗脳などでも確認される心理状態である。

 

また、包丁を突きつけたり、たばこの火を押しつけたりということを、「脅し」ではなく、「お仕置き」として論理をすげ替えられていた為に、死の危険すらある恐怖体験をしても、自分に問題があると心理的に責任転嫁状態を受け入れさせた可能性もある。

 

更に、数ヶ月という単位での、監禁となると、ストックホルム症候群に加えて「ロールプレイングの固定化」が起きていた可能性がある。過去に米国の高校での心理物理実験で、生徒が二つのグループに分けられ、一つが看守のグループ、もう一つが囚人のグループとしてロールプレイングをしばらく続けた結果、本当に囚人のグループが看守のグループに隷属的になってしまったという報告がある。今回の茨木市の例では、実際に「ご主人様」と呼ばせており、ご主人様と奴隷のようなロールプレイングがされていたわけであり、これが長期間の監禁の結果固定化してしまったということも考えられる。これは、旧中国共産党の時代にブレインウォッシュという言葉が使われるようになったころから知られている古くからある洗脳方法でもある。 このように、ストックホルム症候群と古典的な洗脳が組み合わさっていたのが、茨木市の監禁事件であると分析できる。一部の報道では、この件でも「マインドコントロール」というオブラートにくるんだ用語が使われているが、5ヶ月の監禁というまさに物理的拘束があったわけであり、摂理の話題で書いた スティーヴン・ハッサン氏になどによる緩い定義でも、これは明かに「洗脳」を疑うべきだ。

 

その後、大阪府警に保護されてから、『次第に落ち着きを取り戻し「24時間見張られていた。死ぬと思った」と当時の恐怖を語り始めた。大量の薬物を飲まされた疑いもあり、現在も入院している』ということだが、薬物の影響が弱まり、また、監禁された部屋から出たことで、トランスが弱まり、いってみれば深い夢から醒めつつある状態だと推測される。ただ、危険なのは、「洗脳原論」などでも指摘しているアンカーが埋め込まれている状態であり、専門家がアンカー除去を行わない限りは、男が釈放されて、本人と会話ができる状況になれば、電話の会話程度であっても元に戻ってしまう可能性があるということだ。